洞爺湖の周辺

今日は、洞爺湖周辺を散策。留寿都村から車で1時間くらいです。いくつか気になっていたスポットを訪ねました。

行く途中、「道の駅とうや湖」から見た洞爺湖洞爺湖カルデラ湖ですが、中央に島があってきれいなドーナツ型をしています。天文マニアの方向けに月のクレーターで例えると、コペルニクス並に美しい形です。あいにくの曇り空で霞んでいますが、それでも中島があるのがよくわかりました。


洞爺湖ビジターセンター…洞爺湖有珠山の情報収集。文字通り、ビジターですから。ここで洞爺湖の成り立ち、有珠山の噴火、周辺の町などについて勉強しました。実は「昭和新山はここからどっち方向?」というのを、この時知りました。


昭和新山。前から一度見たかったのです。
駐車場の前に芝生広場があり、林のすぐ向こうに噴煙を上げている昭和新山が見えます。

メインの駐車場前に、三松正夫の銅像があります。


特に見たかったのはここ、三松正夫記念館。売店が並んでいるところの、端っこにあります。入場券とパンフレットと並べて撮ってみました。
終戦直前、情報統制や物不足の時代に、地元の郵便局長だった三松正夫氏により、たいへん正確な記録が残されました。氏は日本画のたしなみがあり、それが記録に大変役立っています。また客観的なデータをとるための工夫として、少し距離を置いて水平に張った複数のテグス越しに観察しました。こうして記録されたスケッチは「三松ダイヤグラム」と呼ばれ、科学的にも評価されました。それが教科書に載っていた記憶があり、ずっと記憶していました。実際、展示物にその教科書の複製がありまして「中一国語」だったとわかりました。というわけで、しばしの間、中一の自分と対話しているような気持ちでいました。


記念館前に「遠足の集合写真を撮るためのひな壇」がありました。今日はひっそりとしています。そしたら、ここから見る方が昭和新山の荒っぽい岩肌が、よく見えます。白いのは噴煙(水蒸気?)で、出続けています。


つづいて隣町、壮瞥町に行きました。
お目当ては、「横綱北の湖記念館」。北の湖(きたのうみ)は、壮瞥町出身の横綱です。
懐かしい…。五十代以上の方はみんなご存知と思います。ここでも回顧モード突入、やはり中学生の自分がいました。だって当時の月刊誌『相撲』が揃っているんです。毎月読んでましたから。


はぁ…残念ながら、曇りのち雨。湖面はもやがかかっているし、遠くの山は見えません。それでも、洞爺湖の中島は見えたし、昭和新山が噴煙を上げているのが良くわかりました。また機会があったら来てみたい、と思っています。


オマケ。ネタ話。洞爺湖に珍名発見!

↑ このように洞爺湖はきれいなドーナツ型。
   ↓ そんなところにこんな地名が!(笑)

今日は、脳内が小中学生モードのようです(笑)。