M101の超新星が双眼鏡で見える、と騒がれていますが…

  • まず見えません。
  • 無理です。
  • 誤解を招いています。

まず、バッサリ。


ツイッターなどで先日来話題になっている、『北斗七星の近くに超新星が出現して、双眼鏡でも見えるらしい』というニュースですが、痛い方向に進んでいるようなので、ちょっと考察してみることにします。


話の元はこれです。ここに貼るのは、「晒し」のつもりです。
ロケットニュース24
さらにその元はこちら。
Supernova 'brightens up' 7-8 September


いきなり書き出しで「みなさん、早急に双眼鏡の準備をして頂きたい! なぜなら一生に一度しか見られないであろう超新星が、今日9月9日から12日にかけて双眼鏡で見られるからだ。」なんて書いていますけど…。問題だらけです。

  1. 本当に双眼鏡で見えるのか?
  2. 「一生に一度」は本当なのか?


言いたいことはいろいろあるけど、煽るような記事を書くなら、ちゃんと調べてから書こうよ…。少なくとも、現在の光度は何等で、観測者はどんな機材で観測しているか、国内の観測者からのコメント、そのくらいは調べてからじゃないと、ネットからコピペしてレポート作る学生と変わらないよ…。


とある筋の情報によると、M101の超新星、9月4日には10.5等という明るさだそうです。これ、ほかの銀河に出現した超新星としては驚くべき「明るさ」なんですけど、決して、双眼鏡で簡単に見える明るさではありません。アマチュア天文家の感覚で言うと、「手持ちできる程度の大きさの双眼鏡では、まず見えないだろう」と思います。百歩譲ってもし見えたとしても、銀河系内の暗い星たちと全く区別がつきません。
超新星が見づらいのには、環境もあります。理想的な星空(肉眼で6等星が見え、天の川も楽々見えるような環境)であれば、口径6cmの望遠鏡(理論的な極限等級→10.7等)で見えるでしょう。ただし、極限等級に近い暗い星を見るのには、それなりの倍率をかけなければなりません。低倍率だと視野が明るくなって、その明るさに暗い星が埋もれてしまうのです。ところが、逆に、低倍率にしないと母天体であるM101が見えないのです!銀河・星雲や彗星などの淡く広がった天体を見る場合は、なるべく低倍率にして光が拡散してしまわないようにして観測するのです。さらに、このM101という銀河、写真写りは良いけど、眼視で見ると淡く広がっていて見つけづらい、そんな淡い銀河の代表選手なのです。
経験的に言いますと、そこそこ目が鋭い観測者だったら、特別良く晴れた晩に、口径10cmの双眼鏡(双眼望遠鏡と言うべき大きさです)に高倍率をかければ見えるでしょう。一応「双眼鏡で見られる」とは言えます。でも、普通の人が「双眼鏡で見える」と聞いたら、まず間違いなく、手持ちできる程度の大きさの双眼鏡を連想しますよね。このへん、ウソとは言い切れないけど、誤解を招くのに充分な表現だと言えます。このニュースを鵜呑みにして、あわてて粗悪品の双眼鏡を買ってしまう人も、中にはいるんだろうな…と、残念でなりません。
元のサイトの文章はこうです。

Whilst not visible to the naked eye, with a clear sky anyone can observe the supernova using a good pair of binoculars or a small telescope:

  • clear sky これがなかなか日本では難しいですね。
  • good pair of binoculars これがどのくらいの口径の双眼鏡を示すのか、不明です…。
  • small telescope これも大きさがわかりません…。

結局、英文の報道でも、いろんな情報について充分「ぼかして」書いています。これって、悪い言い方をすれば「責任逃れ」かもしれません。違う言い方をすれば、「リスク回避」ですけどね。もしかしたら報道に必要なテクニックだったりして…w。


次に、果たして「一生に一度か」ってことですけど…。
サリバン博士はこう語りました。うーむ…天文学者リップサービスかな?確かに『もっと知って欲しい天文現象』である事は間違いないんですけどね…。

Dr Sullivan added: ‘For many people it could be a once in a lifetime chance to see a supernova of this kind blossom and then fade before their eyes; we may not see another one like it for another forty, or perhaps over a hundred, years!’

超新星が一つの銀河に現れる頻度は、100年〜300年と言われています。100年に一度なら、たしかに「一生に一度」と言っても良いでしょう。でも…観測可能な銀河は数千個あり、プロアマ問わず熱心に超新星捜索が行われ、毎年何百個も超新星が発見されています。それらの多くは、大きな望遠鏡にCCDカメラを使っての発見で、いわば「デジカメによる写真観測」なのです。アマチュアの望遠鏡で眼視(望遠鏡を使って目で見る)観測で捕らえられる超新星(12〜13等より明るい程度)も、年間で数個はあります。有名な(比較的明るい)銀河であるM天体*1にも、数年に一度は超新星の出現があります。なので、「一生に一度」は、言い過ぎだと思うのです。(もちろん、場所をM101に限って言うのであれば「一生に一度」と言っても間違いではありません。)
ただし、どんな現象でも「一期一会」であり、同じ現象は二度と起こりません。例え平凡な現象であっても、いつもと違う突発的な何かが見つかることもありますので、珍しくない現象でも、おろそかにせず観測を続けていく必要があります。その視点で見ると、「一生に一度」どころではなく、「一度きり」の現象である、と言えるのです。


ずっと天文現象を追いかけているアマチュア天文家に言わせると、「一生に一度」って、マスコミさんが天文現象に使いたがる常套句で、正直『あー、またか』*2と思います。このパターンから脱出する新しい形容詞は見つけられないんですかねぇ?


あともう一つ、サリバン先生、大事な事を忘れています。『双眼鏡で見える』っておっしゃいますが、明日は満月なんですよね…!そう、満月の前後って、月明かりにかき消されて、暗い天体が非常に見づらくなるんです。肉眼での北斗七星さえも見えるかどうかの夜空では、双眼鏡で超新星を見るのはとても無理…と、私は思うのです。

*1:シャルル・メシエがリスト化した星雲状天体。メシエのイニシャルをとってM天体と呼ばれる。星団、星雲とともに、銀河も多数含まれている。

*2:同様な常套句に、「今世紀最大級」「次回は○○年後に見られる」がありますw