元・巨人ファンのつぶやき

日々、いろんなニュースが流れていますが…。
一昨日、昨日は古くからの巨人ファンには厄日だったかもしれません。元寮長の武宮敏明氏、元投手の小林繁氏、元投手の桑田氏の父…。なぜかこういう事は続くものです。
さて今の私が巨人ファンかというと、はっきり「違う」と言えます。それは、かつての恋人に対するような、微妙な感情があります。応援したい気持ちも、アンチな感情も、同棲しているのです。
子供の頃は熱烈な巨人ファンでした。義務教育9年間がちょうど巨人のV9と重なりますし*1少年マガジンでは「巨人の星」に毎週胸躍らせ、ナイター中継もかなり見ていました。家で購読していた新聞がたまたま読売だったこともあります。特に王、長島は、子供心にはまさしくヒーローでした。
こんな少年が青年になり、心に「?」がついたのは、「江川事件」の時です。(詳細はwikipedia江川事件でどうぞ。)
桁外れの素質を持つ新人、江川卓氏は巨人入りを熱望し、巨人側も江川氏の入団を希望していました。しかしドラフトというルールがある以上、当事者同士は両思いでも願いは叶わず、指名権はクラウンライター・ライオンズが得ることになりました。これに対し、江川氏は入団を拒否、米国へ野球留学に立ちます。翌年のドラフトの前日のこと、巨人と江川氏が電撃契約。当時の規定により、「ドラフト前日ならドラフト外選手である」として契約を締結したものです。当時の規定からみれば確かにドラフト外ですが、これはドラフトの存在意義をくつがえしてしまう「抜け駆け行為」として他球団やマスコミから激しく叩かれました。その結果、巨人はその年のドラフトを欠席(ボイコット)、いくつかの球団が江川氏を強行指名し、指名権は阪神が得ることになります。当時のコミッショナーの「強い要望」もあり、結局、江川氏は阪神に一度入団し、すぐに当時巨人の主力投手であった小林氏とトレードされることになったのです。当の小林氏はキャンプ地の宮崎に向かう途中の空港で球団スタッフからこのトレードの話を聞かされたそうです。
この後、巨人ファンはいろんな形に分かれました。中でも「巨人は好きだけど江川は嫌い」派が多かったように思います。私もそれに近く「基本的には巨人を応援、だけど小林は巨人に勝って欲しい」派でしたね。実際、この年の小林は22勝と大活躍、特に巨人キラーとして阪神投手陣を引っぱりました。『これぞプロの姿』と感動しましたね。
当時の巨人のオーナーは、「この契約が認められなければセ・リーグを脱退して新リーグを作る」という話を持ち上げたりしました。もちろん読売新聞もこれに付き合い、ドラフト制度は「職業選択の自由」に反するのでは、と世論に訴え、大きな論議になりました。『マスコミ握ってるところは強いなぁ』と某球団ファンの友人がこぼしていましたが、これってパワーハラスメントですよね?
そんな事件があり、野球への思いが冷めていた頃、深夜テレビでアメリカンフットボールに出会い、NFLの斬新な経営方法を本や雑誌で知りました。例えば、レベニューシェアリング。これは、放映権料、スポンサー収入の全てと、チケット売り上げの4割はリーグの収入となり、所属するチームに等分されるシステム。また、完全ウェーバー制ドラフト(下位チームから指名)、サラリーキャップ(チームの選手へのサラリーの総額に上限を設ける。1994年から。)により、全体として「戦力の均衡」を図るシステムになっています。これにより、金持ち球団でも田舎の球団でも同じような条件で選手の獲得や育成ができ、特定のチームが勝ち続けることが難しくなり、結果としてリーグ全体の人気が上がることになっています。実際、スーパーボウルを3連覇したチームは未だにありませんし、負けばかりだったチームが数年後にはプレーオフに勝ち進んだりします。
1993年、Jリーグが開幕してまた考えが変わりました。地元に鹿島アントラーズが設立され、なんとなく応援していましたが、テレビで放映されるのは川崎ベルディの試合ばかり。(当時は日テレが力を入れて中継していました。)関東在住の広島ファンの気持ちがわかった気がしました。しかも、中継でベルディだけ「読売川崎ベルディ」と呼ぶんですよね。正直、ダサいなぁ、と思いました。Jリーグの方針として、親会社の名前でなくホームタウンの名前で呼ぶはず。読売、どこまで自己中心的発想なんだ、と思いました。結局、チームが弱くなると経営から撤退してしまいました。たぶん「第二の巨人」を目指していたんでしょうけど…でもそうなっていたらJリーグは早々に飽きられていた可能性が高いと思います。


さて、すっかり脱線してしまいましたが、青年期の私に、いろいろな事を気付かせてくれた事件の当事者であったのが、小林繁氏です。今、万感の思いで、氏のご逝去に哀悼の意を示させていただきます。合掌。

*1:歳がバレますが…私、原監督と同学年にあたります。ちなみに同学年の有名人には、花の中3トリオ、小室哲哉京本政樹やくみつる、などがいます。